永平寺では多くの寮舎がある。
全ての食事は庫院とよばれる台所で作られるため、当番等で僧堂で食事ができない修行僧の為に、寮舎の中から一人が毎回食事をもらいに出前の箱の用なものをもって庫院に向かう。
これを擎盤と呼ぶ。
永平寺に入ったときに最初にやらされることに公務帳写しというものがある。基本的な公務のやり方が細かく記された公務帳を移すのだが、この中にも擎盤という言葉が極端に多く出てくる。一文字を書く暇も惜しいときに画数の多いこの単語を書くのはくるおしい。KB、などと略して書いたりしていたものだ。
またこの単語はのちのち、永平寺外から禁止されているものを持ってくる際にも使われるようになる「ミスドを擎盤してきた!」等とつかわれたりする・・・という噂もなくはない。
永平寺の七堂伽藍とは別にある、1971年にたてられた地上5階立ての大きな建物。吉閣とも呼ぶ。
中には参拝客が泊まる為の宿泊施設や様々な情報を管理する電算室や受処等近代的な設備がある。映画を上映することのできる大講堂もここにある。
両脚を組んで坐る坐り方を結跏趺坐という。
有名な一休さんも禅僧だが、彼がとんちをひらめく時のポーズも結跏趺坐である。
娑婆の多くの友人達同様、自分も永平寺に上山した時は結跏趺坐がくめなかった。
四十分くんでいると涙が出る程いたかったものだ。
師匠に相談したところ「死んだ人はいない」ということだったので、よしそれならばとふんばって、どんな時でも結跏趺坐で坐っているうちに実は坐れなかったのは自分の身体の偏りが原因で慣れてしまえば最も楽な姿勢であることがわかっていった。
もちろん死ぬこともなかった。
片方の脚をあげて坐ることを半跏趺坐という。
庫院から食事を頂いてくることを擎盤と呼ぶ。
毎回食事は庫院から僧堂や各寮に運ばれてとられるためこの言葉は永平寺でもっとも多く使われる言葉の一つである。
入山したての雲水が一週間で膨大な寮を全て書き写すことが命じられる「衆寮公務帳」にも擎盤という単語は頻繁に登場する。その画数の多さからKバン等と省略して書いて大目玉をくらった雲水もいるとかいないとか。
また、雲水達の間では「何かをもってくること」の意味にも広く使われており、しばしばあまりよろしくないことにも使われる。
「門前のお店から「◯◯」を擎盤してきた!」とか、「山林系の小屋から「◯◯」を擎盤してきたぞ!」などという状況は一年目の雲水がもっとも盛り上がる瞬間でもある。
さておき、正しい擎盤には細かい作法が定められている。
例えば直歳寮を例に挙げてみよう。
まず擎盤の為の桶等の入れ物を各寮の雲水達は庫院に持っていく。
挨拶の場所は決められており、そこを一歩でも間違えると庫院の寮長さんからおそろしい罰が待っている。
挨拶の場所にいたったならば出しうる一番大きな声で「ごめん下さい!直歳寮の星覚ですが、擎盤に参りました!」と叫ぶ。
その後、食事をもらうのだがそのもらい方にも順番がある。朝食の場合擎盤するのは、浄粥(おかゆ)、ごま塩、香菜の三点だが、ごま塩、香菜、浄粥の順、つまり応量器を展鉢した際に左にくる位の高いものを後にもらわなければいけない。
まずは擎盤表に寮舍名と人数を記し、ごま塩の器を「両手で」持ってごま塩を配っている庫院の和尚の所へ行き、「直歳寮、ごま塩10名分お願い致します!」といってごま塩をもらう。もらった後は「ありがとうございました」と厳かに頭を下げる。
その後一度最初に挨拶をした場所に戻って、ごま塩の器を置いてから今度は香菜の器を持っていき、「直歳寮、香菜10名分お願い致します!」という。もちろんこの時も「ありがとうございました」といって厳かに頭を下げる。そしてまた器を「両手で」もって置きに帰り今度は浄粥の桶を持って粥の入っている大きな釜の前まで行き「直歳寮、浄粥10名分お願い致します!」「ありがとうございました!」とやるのだ。
一度にもらえば合理的だからと両手でもっていったり、挨拶を省略したりしようものなら(そんな恐ろしいことをする雲水はいないが)庫院の寮長さんから包丁が飛んでくる可能性さえある。
中食ともなると品目が「香飯(ごはん)」「香汁(みそ汁)」「香菜」「別菜」と種類が増えるので更に挨拶に手間がかかる。
永平寺では食事を最も大切な修行の一つとしていることが擎盤の様子からも伺える。
永平寺には様々な寮舍があるがそれらを総じて各寮と呼ぶ。