雲水喫茶の日替りマスター!!

着物を「譲って」もらおう!!

最近はzen go!のアップばかりだったので、ひさしぶりに普通のマスター記事です。ちょっとながーい出来事をつれづれと書いてみます。

買い物にいったときのながーいお話です。

ずっとつかっていた襦袢がそろそろ限界だったので買いにいこうとしたのです。朝の暁天坐禅で使う為のヤカンや備品を探しにいくという目的もありました。最近坐禅に来てくれる人達がだいぶ増えてきて、環境を少し整えようと思っていたところです。

それで松見坂から歩いて渋谷に向かう途中にあった着物屋さんにはいったんです。
そこではあっけなく男用の白い襦袢はないです、といわれてしまいました。何も言っていないのに「浴衣に襦袢は着ないものなんですよー」といわれてしまい、まぁそう思うだろうな・・・って。

この近くで男物のおいてある可能性があるお店がないか聞きました。すると玉川屋という呉服店を紹介してもらいました。どのみち駅に向かっている途中だったのでテクテク歩いていくと道玄坂の中程にありました、玉川屋。
こじんまりとした店内に男の人が番台みたいなところに和式に座っていました。

お客さんの座るところは椅子でしたが、畳の上だったと記憶しています。
そういえば、永平寺の受処も今は椅子ですが、ちょっと前までは和式で座っていたみたいです。

白い襦袢を・・・といったらいきなり生地を出してきてくれました。
既製品を探していたのでびっくりしました!いったいいくらかかっちゃうの!?っていうのが正直なところです。しかし後々その理由がわかります。

男の人は100年以上渋谷で代々お店をやっている玉川屋呉服店の五台目、石川貴彦さんでした。今では別のところにすんでいるけれども、昔はこの近くの小学校に通っていたらしいです。しばらくすると石川さんのお母さんがでてきました。
先日道玄坂を歩いて下っている時、「渋谷」というからにはこのあたりも昔は川が流れ、趣のある美しい場所だったに違いない!と言っていたものですが、本当にそうだったようです。

あの辺りは宇田川町という街の名前からもわかる通り、きれいな川が流れていたとのこと。「躾」や「袂をわかつ」「人のフリみて我がフリなおせ」等々着物が由来の美しい言葉がいっぱいあります。着物に日本人の心が刻まれていること。着物は代々「もの」を大切に使い続ける伝統が息づいていること、お母さんから面白い話をいっぱい聞くことが出来ました。

永平寺で着物生活を長い間続けてわかった着物のすごさがあります。お母さんの話はそれを代弁してくれてるかのようですごく興奮してしまいました。
今、毎朝来ている着物は永平寺にいたときから使っていますが、同じ着物を毎日のように数年間も使い続けるということが洋服ではあるでしょうか?

そしてたたんだりしているとわかるのですが、洋服と違って着物は平面で構成されています。だからぼろになってきたら簡単に部位を交換して直していつまでも使えるのです。点が線になって、線が面になって、面が立体になって、それがまた徐々に点に還っていく。この循環が日本文化はとても美しい。

最近の安い洋服は欧米の「着捨て」の文化の象徴であるともいっていました。数百円や数千円で買える服を何代も使う気持ちになるでしょうか?そうなれば、それはそれですばらしいことなのでしょうが、おそらくとても難しいでしょう。安いのは勿論よいのですが、その裏になにがあるか、そこまで考えて普段の生活を送りたいと想いました。

いや、なかなかでも難しいんです。お金をかけずに直して使ったり、他の人から譲ってもらったりするのは。でもそれが案外生きていく中で一番面白い「工夫どころ」なんじゃないかなという気がします。

着物を譲ってもらってきたいな!

2010/08/22  by

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