雲水喫茶の日替りマスター!!

御布施経済のすすめ

今、多くの人がお金に依存する資本主義経済のあり方に疑問を持っているように感じます。しかし、現時点ではお金への依存から離れることは不可能と考えている人が大半なのではないでしょうか。
「そうはいってもお金は必要」という言葉をよく聞きます。

しかし、私はそうは思いません。

なぜならお坊さんは2500年も昔からお金に依存することなく、貨幣経済から一歩距離を置いて御布施を中心とした「御布施経済」を営んできたからです。御布施経済は貨幣経済が抱える多くの問題を解決することができます。尚かつお金そのものを否定しないので、共存しながらシフトしていくことができるのです。


御布施経済の仕組みは極めてシンプル。
「相手も自分も心から喜ぶことをする」それだけです。

それだけのことですが、これがなかなか難しい。

例えば生きていくにはご飯を食べなければいけませんが、日常生活で食料を生産している人がどれだけいるでしょう。
誰かに頂かなければいけません。では一体どういう場合に、自分だけでなく相手も心から喜ぶご飯の頂き方ができるのでしょうか?

何かをプレゼントする、料理を手伝う、物語を聞かせる、音楽を奏でる、相手の話を聞く、ただ一緒にいる・・・色々考えられると思います。しかし想像してみると「これをすれば必ず大丈夫」という絶対的なものはないことに気づくはずです。

いつどこで誰がどう使っても基本的に価値が変わらない貨幣と対照的に、御布施は自分だけでなく相手の心とひとつに合って初めて巡るものだからです。まず何より相手に興味がないと、何をすれば相手も自分も心から喜ぶのかわかりません。

それ以外の場合はうまく回らない。これこそ御布施経済の特徴であり、最も価値があるところなのです。

御布施経済が非現実的に思えるとしたら、それは御布施ではなく、我欲を優先させながらも回ってしまう現代生活の方が非現実的なのではないでしょうか?

これが現実だと信じて仕方なくやってしまっている非現実さに気づくことで、結局は現実的に自分も相手も心から喜ぶことができるようになるのです。

「お坊さんだからできるんだよ」という人もいるかもしれません。

これは御布施が「お坊さんに渡すお金」と誤解されていることが原因なのではないでしょうか。御布施とは「布を施す」と書くように、もともとお金に限らず自分が所有するモノへの執着を手放し、惜しみなく人に与える行為そのものを指します。

そもそもタイやスリランカなどで寺院生活をしているお坊さんからみれば、日本のお坊さんはほとんど在家の一般人と変わらない生活を送っています。私も日常で貨幣を使い、家族と暮らし、毎日パソコンを使い、肉や魚を食べることもあります。にも関わらず御布施を中心とした生活を営んでいるのです。御布施はお坊さんの専売特許ではなく、誰もができる行為といっていいでしょう。


昨夜、こんな出来事がありました、

若い日本人のカップルが道場に遊びに来てくれたのです。彼らは昨年まで北欧のとある大手企業の日本支社で働いていました。以前から農業が好きだった二人は地震をきっかけに企業からの安定した収入を捨て、農業をしながら旅を始めました。ベルリンに来る前はデンマークでジャムを作っていたといいます。

なぜ彼らはそんな生活ができるのでしょうか?

彼らには特殊な技能があったわけでも、たくさんのお金を持っていたわけでも、勿論お坊さんでもありません。
けれども表情が生き生きとして、実に楽しそうに暮らしている様子が伝わってきたので、その秘密を聞いてみました。

二人がうなづきあって応えてくれた最も重要な秘密は意外にも
「相手に興味をもつこと」
でした。
そうやって人々との関係が太く、深いものになればお金はそれほど重要ではなくなるというのです。

僕は踊りだしたくなってしまいました。

一緒に食事をした後、彼らは自分達のものは勿論他の人達の食器まで、水を無駄にしないようにしながら丁寧に洗っていました。その姿を見れば彼らが口先だけでなく、生活の中で相手に興味をもっていることはすぐにわかりました。

相手への興味(人間とは限らない)を持てば、どうすれば相手が心から喜ぶかを常に問い続けることができます。これこそが御布施経済の原点です。それが行動の根本にあればこんなに安心なことはないのです。
世界中どこで、誰といてもです。

御布施経済については具体的な実践方法も含め、これから機会をみつけて書いていきたいと思います。今は夢物語のように感じるかもしれませんが、近い将来それが当たり前になってくるのではないでしょうか。

これからは相手を自分のように大切にできる感性を持っている日本の人々が一丸となって世界をリードしていくのではないか、そんな希望を持っています。

お坊さんがコンビニで店員さんに御布施を渡す日もそう遠くないかもしれません。


B-法界定印イメージ.jpg
Artwork by SHIORI

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追記

早速多くの感想を頂き大変感謝しております。感想を下さった方の中に「お金を食べるさみしさ」を思い出した、という声を頂きました。以前別ブログで書いた記事ですのでここに紹介させて頂きます。みんなでアイディアを出しあって少しでも好い世界を繋いでいきたいと思っております。ありがとうございます。2012/12/28

星。

「日々是好日ーお金を食べるさみしさ」 http://www.higan.net/navi/2012/12/post-1094.html

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再追記

さらに何人かの方からコメントを頂きました。略式にて失礼とは存じますが、内容を要約して再追記させて頂きます。貴重な感想をありがとうございます!

>"衣食住の維持をもらいものでするのはホームレスのおっちゃんとどう違うの?"
大きく違います。ただし仲のいいホームレスのおっちゃんに知り合いがいないのではっきり言えません。仮に毎日誰よりもたくさん働き、自分も相手も心から喜ぶことばかりをして、多くの人に感謝されているホームレスのおっちゃんがいたとしたら。彼が衣食住の維持をもらいものですることを私は否定しません。

>"子供の教育資金はどうする?"
難しい問題ですね。お金を使うことを肯定も否定もしません。これはあくまでも私の場合ですが。私には小さい子供がいます。本当に目に入れても痛くない程かわいい。子供の教育のことは真剣に考えています。でも教育とお金を切り離して考えるようにしています。私の両親も、そうやって育ててくれたのだろうなと思うと、どう感謝していいかわかりません。そして親であえば誰もがそう思っているのだろうな、と思います。全ての親が、かわいい我が子に必要な教育をうけさせてあげられるような世界にしましょう。これについては以前彼岸寺の松本紹圭和尚が面白い記事を書いていました。こちらも読んで頂ければ幸いです。

>"結婚、車、老後、住宅等のお金はどうする?"
これも難しい問題ですね。こちらも子供の教育と同じことがいえるのかもしれません。もしお金があったらお金を使うし、お金がなければ工夫します(お金を使う可能性も含めて)。しかし私ならまず一番に、誰もが同じように不安や悩みを抱えていることに想いを馳せると思います。

>"そうはいっても、そうはいってもお金は必要でしょ?"
必要な時はたくさんあると思います。私自身たくさんお金に助けられています。ただ絶対必要かとといわれると「はい」とはいいたくありません。自然界になく人間が創ったモノの中で、ここまで「そうはいっても必要ですよね」といわれるモノを私はお金以外に知りません。

>"お金持ちはよくない?"
私にはお金持ち(と世間では分類されるであろう)の友人がいますが、よくないとは思いません。素敵な人達ばかりです。

>"お金の話をするのは汚いこと?"
こちらも同様に、汚いことだとは思いません。むしろもっとお金について真剣に話す機会を増やした方がいいのではないかと思います。

>"お金と向き合うことは必要(大切)なことでは?"
とても大切で、必要なことだと感じています。お金とは何か?いつ、どこで、誰が、どうやって、どのように流通させているのか?もっともっと真剣に向き合っていきたいと思います。

>昔、禅問答をして負けた住職はその寺を追い出され、放浪の旅に出され、そんな坊主を乞食坊主(こじきぼうず)と言うようになったらしい。乞食と御布施経済は何が違うの?"
御布施経済は物乞い(乞食)をしません。こちらもそのような住職さんに会ったことがないのではっきりと言えないのですが負けた住職はどのような方だったのでしょうか?その住職が毎朝早く起き、一生懸命掃除をし、心を込めてお経を挙げ、自分も相手も心から喜ぶことをして、たくさんの人に感謝される毎日を送っているなら、私はそんな乞食を尊敬します。

精一杯答えをキーボードに叩いてテキストにしてみました。が、液晶上で表現するのはとても時間がかかり難しいです。なんだかはぐらかされているような感じがしたら申し訳なく思います。失礼な表現がないか心配です。
しかし強調しておきたいのが、こうやって問い(感想)を聞かせて下さること、それ自体が本当にありがたく、一番大切なことであります。
全てのご質問、ご感想に答えることはできないと思いますが、ひとつひとつ読ませて頂き、今後より具体的に御布施経済について詳しく書くことで応えることができればと考えています。感想を聞かせて下さった皆様に重ねて御礼申し上げます。ありがとうございます。

2012年12月29日

星覚九拝

2012/12/28  by

コメント(2)

相手に興味をもつこと。なるほどななるほどなと相槌を打ちながら読みました。

毎回のことですが、星覚さんの言葉にはハッとさせられます。

マヤの予言も無事回避(?)でき、2013年がやってきます。星覚さん、皆さんにとってよいお年になりますように。

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