社交ダンスインストラクター井上淳生の「A little star in our body」

#20 初心の記憶

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≪淋しげな公園並木。ほの白い雲越しの太陽がマッチしています。≫ 


みなさん、こんにちは。


札幌は、穏やかな天気が続くようになり、

街を覆っていた雪も、かすかに聞こえる春の息吹と車の排気ガスで解けはじめ。

 

靴と倉庫から出したばかりの自転車を泥んこにしながら、

ぐしゃぐしゃとした雪解けの悪路を駆っていきます。



先日は【雲水喫茶】本オープン

おめでとうございました。

 

大盛況の様子が伝わってきました。


今回は参加できませんでしたが、

機会があれば、今後ぜひ。

 


さて、今回で20回目。


縁あって始めさせてもらったこのシリーズも、

ようやく成人を迎えることができました。

(ちょっと時期外れですが・・・)

 

出合ってから、かれこれ11年になる社交ダンス。

その日々で出合う気付きの種をもとにして、

いろいろと書かせて頂いています。


いつもお付き合いいただき、

ありがとうございます。

 

これからも、

できるだけみなさんの役に立ちそうな、

それでいて自分の感覚に忠実に、

何かを書いていきたいと思っています。  


 

手探りで始めた頃が、

「最初の頃」という過去になって、

これからの道を作る上での1つの基準になる。


何かを始めた時というのは、1回しかない。

 

1回限りなんですね。

最初という瞬間は。

 

 

さて。


               初心

 

という言葉があります。


               初心忘るべからず。


似たようなのに、

 

               初志貫徹

 

とか。


みんな、最初は初心者。

どんな分野でも。

 

でも。


ある程度慣れてくると、

初心の頃の分からなさを忘れてしまいます。

びっくりするぐらい忘れてしまう。


仕事を始めたての頃、僕は、

初心者の生徒さんにレッスンする時に、いきなり、


 

         「はい!それでは組んでみましょう!」


と、言うことがありました。


 

         「右半身同士をくっつけましょう。」 

 

         「右手をあげて僕の手を握って、

          左手をあげて二の腕らへんにのせて下さい。」


 

そう言って、「まず」組もうとしていました。

 

そうすると、

 

みんな、もじもじしてなかなか近付いて来ない。

目を伏せて、背中を丸め、してほしい姿勢とまるで逆の姿勢。


何でだろう?とは思いながらも、

じれったさにしびれを切らして、

強引に組み始め、

自分が用意した次のプログラムに移ろうとしていました。


ある時。


はっ!と気がつきました。

本当に、はっ!と。


 

社交ダンスは、2人で組むものです。

見ず知らずの男女が身体と身体をくっつけるものです。


そんなことって日常にそうそうあるものじゃない。

初心者が、もじもじするのはあたり前なんです。


自分だってこの世界に最初に触れた時は、

ものすごくどきどきしたはずです。

 

この「男と女が身体をくっつける」という初期設定のような取り決めに。


          男と女が手をつなぐなんて、

          ましてや身体と身体をくっつけるなんて。


それを、

付き合っている男女にだけ許された行為だと真剣に思っていた、

うぶな自分にとって、

 

それはそれは衝撃的な出合いでした。

 

だから。


僕が経験したように、

この世界に初めて接する人にとって、

「相手と組む」ということに慣れるのには、

時間がかかるんだと思います。

きっと。

 

カップル文化の希薄な日本では特に。


そういう初心の時の記憶が、

経験を積んでいくうちにどんどん薄まっていく。

 

そしていつか、

 

自分はあたかも最初から今の自分の姿であったように錯覚してしまう。

錯覚しているつもりはないんだけど、それが言動に現れてくる。

 

そうすると、新たに自分の領域に参入してきた初心の士に対しても、

「今の」自分を基準にした知識しか披露できなくなる。 

 

自分の中にあるはずの「初心の時の記憶」が引き出されることなく。


 

          「右半身を・・・」とかいった言葉を発しさえすれば、

          相手は(初心者であっても)「組む」ことが出来る。

 

そんな幻想を抱くようになってしまうんですね。


そういうことに気付きました。


 

               初心の記憶を忘れやすい


ということを自覚しておくことは、

 

人に何かを教える時にはもちろん必要だし、

 

自分が行き詰まった時に、

これを始めたそもそものきっかけや

その時の状況に立ち戻ることができる、

 

ということだと思います。


     「これを始める時に、自分はどういうつもりで始めたんだろう?」

 

とか、

 

     「最初の自分の心の持ちようはこんなんだったけど、

      今はこういうふうに変わったんだなー。」

 

とか。


そういう自己対話を通じて、

新たな指針をつむぎ出していく。


そんなことができるんじゃないかと。


そして、もしその初心が間違っていると思ったら、

その時また書き換えれば良い。

 

書き換えるにしても、

改めて肝に銘じるにしても、

立ち戻るべき「初心」の在りかが分かってないと出来ないですよね。


だから、初心は覚えておく。


僕にとっては、そんな理解です。


いろんな所に貼ってある、格言とか詩とか漢字とかというのは、

 

初心を忘れやすい、

 

という人間の性質をよく観察した

昔の人の発明なのかもしれないですね。

 

今回はこの辺でzzz

2010/02/25

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